フランベ(Flamber)の炎の色


実験材料と器具
○こんな実験です
肉料理や菓子などで,調理中にラム酒やブランデーなどを振りかけ,火をつけてアルコール分を燃やすことをフランベといいます。
以下は大阪阿倍野の辻調理師専門学校の先生に教えていただきました。
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『マギー キッチンサイエンス』(ハロルド・マギー著、香西みどり監訳 1984年にアメリカで出版され、食品や調理の科学的説明が豊富なことからベストセラーになっている 2004年版の改訂版)のフランベの説明では「度数の高い蒸留酒やワインをふりかけ、温まった蒸気に火をつけて瞬く青い炎をともし、アルコールを燃やしてしまう方法である。炎は<青い>と定義」とあります。

料理している時は、一緒に油や砂糖などが入ることによっても色が変わります。

調理師学校でサービス担当の先生は,原則的に(エチル)アルコールが燃えた時の炎の色は青(または青白い)ですが、油が入っていると(例・ステーキを焼いた後など)、赤くなるとのことでした。

またデザートのバナナのフランベには砂糖が入るのでそれによって炎の色が違うかもしれない、また鍋の温度や酒の樽の材質なども関係するのではないか、などの意見もありました。
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○材料・器具
ブランデー:V.O(サントリー),ラム酒:ラムホワイト(サントリー),フライパン(フッソ加工),着火ライター,IHコンロ

○ブランデーとラム酒の製法
・ブランデーはアルコール分37%のV.Oを使用。サントリーのサイトには「新鮮なぶどうのフルーティーさを持つ原酒をキーに、飲み口あっさりの原酒と絶妙にブレンド(Webより)」とあり,ぶどう100%のようだ。
蒸留器の材質にはすべて銅が使われている。これは銅は熱伝導が良く,ワインに含まれる酸による腐食に強い。また不快な香りである硫化臭を取り除く触媒の働きをすることによる(http://www.kizan.co.jp/brandy.html より)。

・ラム酒はサトウキビを原料とした西インド諸島原産の蒸留酒。普通はサトウキビの絞り汁を煮詰め,砂糖の結晶を分離した後,残った糖蜜に水を加え,発酵蒸留して作られる。サトウキビの絞り汁に水を加えてつくる場合もある。また,きび汁(砂糖きびの圧搾汁)と糖蜜(黒砂糖の香りと成分)をオーク樽にいれ長時間貯蔵すると,樽材の成分が製品にとけ,その溶出成分と酒の成分が酸化して色を香りを良くして独特の風味を持たせるものもある。
ラム酒の蒸溜塔の素材は現在はステンレスが主流だが,伝統的には銅製であり,AOCでは,一部でも必ず銅を使うことが決められている。銅は液体中の酸を抑制し,香りを集めて広がりのある味にする効果があるという。銅を連続式蒸溜機に使うと、2・3年のうちに溶けだし,紙一枚位の薄さまで磨り減って,維持費がとてもかかる。このため,実際には蒸溜を行う下部をステンレスに,蒸溜塔上部の磨耗が少ないアルコール凝縮器のみを銅製にした方がコスト的には良いので,ほとんどの蒸溜所がステンレスと銅の蒸溜塔を使っている(http://bar303.usukeba.com/d2008-07-08.html より)。

マツバガニで試してみた

高温に加熱したフライパンに入れたブランデーのみ点火した炎の色。見た目は黄色。赤っぽく写っている

ラム酒のみを加熱して点火したときの炎の色。ブランデーより黄色っぽい
食材がないときの炎の色を調べるため,フライパンを加熱(アルコールを蒸発させるため)して点火した。フライパンの温度は高い。ブランデーはラム酒より赤っぽく,逆にラム酒は黄色っぽい炎が見られた。
炎の中の二酸化炭素や一酸化炭素の濃度,炎の温度,アルコールの濃度等で炭素が加熱されて発光する(黒体輻射)温度が両者で違うのかも知れないが,化学をかじっていると炎色反応を考えてしまう。

明るい部屋で。ブランデーとラム酒の炎を比較しても区別はつきにくい。CCDを通した写真では,カニの甲羅にかけて焼いても,ラム酒の方がやや黄色っぽく見える。'08年12月の日本海ケーブルネットワークの番組で,カニのフランベが写ったが,ブランデーの炎は赤く写っていた。
You-tubeの動画(アイスクリーム,オレンジ,焼き肉のフランベ)を見る
フライパンの温度を低くして点火するとブランデーも青く燃える
低めに加熱したボールに入れたブランデーが青く燃えるのをヒントに,IHで低めに加熱したフライパンでもブランデーは青い炎を出すのではないかと実験してみた。

◎結論<青い炎のできる条件>
青い炎はフライパンや食材があまり高温でない状態で生じることが分かる。また,アルコールが蒸発しさえすれば,酒の種類に関係なく青い炎を作り出すことができる。
炎の温度が低いので,すすの発生が少ないため,明るい赤っぽい炎が無く,反応中間体(ラジカル)の発光だけが見えている。この光はあまり強くないため,明るい場所では目立たず,部屋を暗くしないと撮影できない。

*ラジカル
化学反応での反応中間体の中で不対電子を持つもの。燃焼などの熱により電子的な励起を起こす。励起状態から基底状態に落ちる際のエネルギー差によって発光する 。
実際のフランベは,食材に食塩が含まれているとその黄色が現れる(ナトリウムの炎色反応は黄色)ように,食材にも影響される。

○炎色反応との関係
ブランデーもラム酒も,製造には銅製の蒸留器が用いられ,実際に蒸留器が溶けて厚さが薄くなることより,銅イオンが微量溶け込むことで炎に青色が含まれ,色の差が現れる可能性はある。しかし,蛍光スペクトル分析を行って,成分を精密に同定してみないと分からない。

そこで,硫酸銅の五水和物の結晶粉を少量ブランデーに混ぜて(ラム酒は使い切ってしまった)点火してみた。
期待通り青緑の炎色反応が見られた。結晶は完全には溶けきってないので,均一な炎の色にはなっていない。
高温時のブランデーの炎の赤い色は銅の炎色反応で黄色っぽくなるのは確認できた。しかし,1日溶かし込んで炎の色を見たが,目で見た限りは変化がなかった。
◎結論
ラム酒とブランデーの違いは,銅イオンの濃度によるとは言えない。


硫酸銅5水和物結晶。銅は青緑色の炎色反応を示す

硫酸銅をブランデーに加えると,銅の炎色反応が見られ,炎の色を変える

硫酸銅を1日溶かし込んだブランデーの炎。目で見る限り銅の炎色反応の効果はない

カニを加熱してブランデーに点火したもの

カニとブランデー。火力が弱まると青い炎が見える

ブランデーは明るいときは赤い炎に見える

カニを加熱してラム酒に点火したもの。フライパンの温度は高い

カニとラム酒。火力が弱まり,フライパンが冷えてくると青い炎が見える

ラム酒は明るいところではやや黄色いか,赤く見える。弱い炎ではブランデーと色の区別がつかない。

あさりにブランデーV・Oをかけてフランベした。ブランデーが多すぎて,味はもうひとつ

勢いよく燃えるところは炎はオレンジになり,明るく燃える

フライパンが冷えてくると青い小さい炎が見られる

アルコールは容器を加熱しなくても着火する。容器に霧吹きで吹きかけながら,小さな炎で燃やすと青い炎になる。

アルコールが勢いよく燃えると,炭素(すす)の加熱による黒体輻射の黄色の炎になる
アルコールが冷えた机の上などに付着していると,燃える炎が小さいと青い炎が優勢

アルコールをフライパンで加熱して点火した様子。炎の下部は青。上部は加熱されて炭素(すす)が発光している。
ラム酒は加熱した容器でないと,アルコールが蒸発しないので着火しない。ボールをアルコールがやっと沸騰する程度まで冷やし,少量で着火すると青い炎になる
高温のボールにラム酒を多めに入れると,勢いよく燃えて黄色の炎になる

ブランデーを加熱したボールに入れて点火した。ボールの温度はあまり高くない。また,ブランデーは少量を霧吹きで補充している。青い炎になる

ボールの温度が高いとブランデーも赤い炎を出す
台所でのIHによるフライパンの加熱で,アルコールを蒸発させて点火した実験を元に,実験室で炎の色を観察した。
◎結論
机にこぼれた炎が青いことから,青い炎は強熱せず,ブランデーやラム酒のアルコールが蒸発する最低の温度程度(80℃〜100℃程度)で加熱して点火すると得られることが分かった。この状態は熱によって発生した可燃性の気体と周囲の空気中の酸素が拡散によって混合することによって燃焼しているため,拡散燃焼と呼ばれる。炎全体に酸素が十分に供給されるため、炎全体が拡散燃焼の外炎と同じような青い炎となり,炎の外側ほど酸素の濃度が高く,高温である。一方アルコールが大量に蒸発し,その濃度が高いときの燃焼では,すすが発生してこれが強熱された1,500℃程度の固体輻射になり,明るい黄色の炎が見られる。

自宅にある酒を片っ端からフランベして青い炎を作ってみた

ラム酒 Ronrigo Caribbearn Rum 40度(アルコール度数)の青い炎

中国酒 濾州老窖 52度の青い炎

ウイスキー サントリー角瓶 43度の青い炎

いも焼酎火糖(ぽから) 25度の青い炎
◎結論
これらの実験から,どのようなお酒でも,アルコール度数が高ければ,100℃程度かそれ以下の温度でアルコールを蒸発させれば青い炎になり,フライパンの温度が高ければ,オレンジの明るい炎になる。

簡易分光器で芯の青い炎を見ると,青や緑の輝線スペクトルが観察される。波長のずれは精度の低い簡易分光器を使っているためである











簡易分光器で黄色い炎を見ると,連続スペクトルが観察される
空気がたくさん供給されているときと,空気の供給が少ないときのブンゼンバーナーの炎のスペクトルを観察した。

空気がたくさん供給されているときは青い炎になる。この青い炎は燃料ガスと酸素が反応している反応帯であり,C,CHといった反応中間体が生じ,これらが熱によって励起され発光している。 そのため輝線スペクトルになっている。
CHラジカルからの主な自発光波長は約427nm〜432nm(青)であり,Cラジカルからの主な自発光波長は474nm付近(青)と約512nm〜517nm(緑)である。

空気の供給が少ないときは赤または黄色の明るい炎になる。ここは,酸素と反応する前の熱せられた燃料ガスから遊離した炭素の微粒子ススが発生している。 この微粒子が熱放射によって主にオレンジ色をした連続スペクトルを持つ光を放射する。
(OHラジカル、CHラジカル、C2ラジカルなどのラジカルは、燃焼反応中に発生する励起不安定物質です。 そのラジカルが消滅し、安定な物質に変わるときに、特定波長の発光と発熱が生じます。この発熱は周囲の物質を励起させ、異なったラジカルが生成します。このような生成と消滅を繰り返し燃焼反応が進行します。したがって、ラジカル発光強度が大きいほど燃焼反応が進んでいることになります。
http://tri-osaka.jp/group/chemen/eeb/energy/setubi-7.htm)

ブンゼンバーナーの芯の強い炎と,アルコールランプの下部の弱い青い炎(上部は明るいオレンジの炎 PENTAX K200 ISO1600 F8.0 60秒バルブ撮影)のスペクトルが一致した(波長のメモリは簡易分光器のため精度はあまりよくない)。
青は輝線スペクトルが見られるのでラジカルの励起によるものである

アルコールランプの青い炎のスペクトルの記録装置。簡易分光器は"Science Kit & Boreal Laboratories"の輸入品。中村理科で4,500円で販売されている.。数10nmの目盛りのずれに注意。
◎結論
アルコールランプの炎の下部の青い炎のスペクトルは,ブンゼンバーナーと一致することより,C2やCH+のラジカルの励起による輝線スペクトルで青く見える。
*火炎発光とは(http://www.iida.sd.keio.ac.jp/2001/staka2.htm より)
発光は,自発光によるものと強制励起による発光がある。自発光のうち,火炎からの発光は原因別に見ると火炎温度が高いことに起因する熱的な発光(下の1,2)と化学反応に直接起因する化学発光(下の3)に分類される. 1 CO分子とO原子,H2分子とO原子の再結合反応によって生じる連続スペクトル
2 すす粒子からの固体輻射による連続スペクトル
3 燃焼中間生成物であるラジカルのバンドスペクトル
・ 化学種発光には次のようなものがある
  OH(306.4nm),CH(431.4nm),HCHO(395.2nm)
  CHO(329.8nm),C2(473.7nm)

理科年表(平成20年度)丸善では,
青430〜490nm,緑490〜550nm
とあり,簡易分光器の目盛りを長波長側へシフトさせた。
◎結論
目盛りとスペクトルを比較するとCH(431.4nm)とC2(473.7nm)の青
C2の緑(517nmが観察される。
フリーソフトImage Jを使い,上のグラフの強度分布を読み込んだもの。大変よい一致を示していると言える。下のグラフの黄と赤の成分が強いのは,ランプの上部のススの固体放射の光が明るく,それを拾っているためと思われる。
○ろうそくの炎
・芯に近い青い外炎部分を簡易分光器でのぞいたスペクトル。
すすの固体輻射による連続スペクトルが強い。ラジカルによる輝線スペクトルは写ってないようだ。
・芯に近い黄色い外炎部分を簡易分光器でのぞいたスペクトル。すすの固体輻射による連続スペクトルが強い。黄色と水色にピークが見られる。