真空容器内で音圧と気圧を測ろう
図1 真空鈴と簡易真空ポンプ(鞄津理科取説) |
1 目的 音の伝わり方は,中学校理科学習指導要領で,実験による学習が求められている。文部科学省の学習指導要領解説1)では「真空鈴の実験を行って,音が空気中を伝わることと,音を伝える物質が必要なことを理解させる」とある。 真空鈴や真空鐘の実験は,「音の媒質の空気がなくなるため,音が聞こえなくなる」という実験であるが,兵藤(1994)はその著書2)の中で,「音の伝達媒体としての空気の有無の重要性というより,音が伝わる際の音響インピーダンスの重要性をデモンストレートする実験とみなした方がよいと思われる」と,指摘している。筆者は,容器内の音圧の気圧による変化を調べ,実験と指導法の改善策を研究した。 |
○教科書の記述 平成24年度用教科書見本を調査した結果, 5社の内,A,B,C社が図1の真空鈴の装置を使用,D社が鈴を入れた丸底フラスコと簡易真空ポンプ及び真空鐘,E社が真空鐘に耳を付けた実験であり,「容器内の空気を抜くと,ブザーの音が聞こえにくくなり,空気が音を伝えていることが分かる」ことを示そうとしている。 2 容器外の音を聞くことの問題点 注射器を用いた簡易真空ポンプと真空鈴を組み合わせた実験では,容器内の真空度は200hPaが限界である。ロータリーポンプを用いた真空鐘では1〜2hPaまで引くことができる。文献2の計算式を用いると,この圧力での気体の平均自由行程は3.5〜7×10-5m,真空鈴は,数100〜3000Hzの音を使うので,その波長は0.1〜3m程度であり,平均自由行程より十分大きく,可聴音の伝播を抑止する効果はほとんど期待できないことになる。 音が,空気から容器に平面波として境界面に垂直に入射するときの透過波と入射波の透過率(エネルギーの割合)は,ガラス容器の場合常温常圧で1.3×10-4,アクリル容器の場合9.1×10-4である。しかも,この透過率は空気の圧力に比例するため,真空鐘では1hPaまで排気すると10-5程度に減少する。真空鈴はアクリル容器なので,200hPaまで排気すると2×10-4程度に減少する。 また,遮音効果は,壁の質量が大きいほど高い3)。真空鐘のガラスの厚さは,真空鈴のアクリルの2倍で,密度は3倍になることより,さらに真空鐘の透過率は真空鈴の1/6に減る。 真空容器内でブザーを鳴らしながら密閉した時点で,音は極端に小さくなる。さらに排気することにより,ずっと小さくなり,聞こえにくくなるが,人間の耳の感度は良いので,学校の真空ポンプ程度では,真空鐘でもかすかに音は聞こえている。この小さな音を真空容器の外で聞き,真空鈴の実験で,「容器内の空気を抜くと,ブザーの音が聞こえにくくなる」という表現は,生徒に誤解を与える。実際,真空鈴では,容器内の音をひろって聞くと,人の耳では音の減衰が判断しにくい。 |
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図2 真空鈴の実験装置 |
図3 真空鐘の実験装置 |
図4 ブザーと圧電ブザーの波形 |
図5 ブザー音の減衰 |
3 実 験 (1) 実験装置 真空鈴には鞄津理化の真空鈴VT-9(図1)を使用した。直径84mm,高さ110mm,厚さ2.2mm。本体,ふたともアクリル製で簡易真空ポンプが付属している。真空鐘には鞄津理化の排気盤EB-190Gを,真空ポンプにはTASCOのTA-150XAを用いた。音圧の測定は,ダイナミックマイクを真空容器内に吊り下げ,プレアンプ(マイクアンプ),パワーアンプを通してオシロスコープに接続した。このとき,容器内の音が聞けるよう,外部スピーカーにも接続した。また,音源には真空鈴付属のブザーと,FDKの圧電ブザーEB3105Aを用いた。真空度の測定には,排気盤付属の水銀マノメーターに合わせてCASIOの腕時計PROTREK PRW-500J-1JFを用いた。250hPaまで,5秒おきに5分間測定することができる。 (2) 測定方法 真空鈴と真空鐘の実験装置の配置を,それぞれ図2,図3に示す。音源とマイクと時計の気圧計は,容器内に設置する。図4に,真空鈴付属のブザーと圧電ブザーの波形を示したが,ブザーは多くの周波数成分を持つのに対し,圧電ブザーは3000Hzのほぼ正弦波になっている。また,図5に真空鈴内のブザー音の,気圧による波形の変化を示した。減衰していない成分の振動数は400Hzであり,これはアクリル容器と共振し,マイクがその振動をひろっているものと思われる。したがって,音圧の変化は,減衰しているピーク値を測定した。真空鐘のガラスの排気鐘は真空鈴容器に比べ,容量が大きく質量も大きい。このブザーを音源に使用しても,共振の効果は小さく,測定への影響は少ない。一方,圧電ブザーの波形は,正弦波に近く,排気による波形の変化は見られなかった。 4 結 果 測定結果を図6に示す。真空鈴では気圧計が250hPa以下は測定不能であるが,それ以上簡易真空ポンプで引くのは困難である。真空鈴では音圧は1気圧のときの約半分にまで減少するが,容器の外で耳で聞いても,音は少し小さくなったぐらいにしか分からない。 5 考 察 ブザー音のグラフが圧電ブザーより上にあるのは,容器の共振の影響を受けていて,空気を伝わる音だけのグラフになっていない可能性がある。 真空鐘では逆にブザー音の減衰が大きい。圧電ブザーの波形は,オシロスコープでピークの変化を観察していると,吸引して気圧を下げると,ピークが伸び上がって,数秒後に下がって落ち着く。圧電ブザーは,圧電セラミックを付着させた金属の裏面に,円形の節の位置に接着剤を塗布して容器に貼り付けてあり,この部分の気圧が下がるのに時間がかかるように思われる。この現象を避けるため,圧電スピーカーの背面に穴を開け,そのため生じる指向性を避けるため,背面にスポンジを貼り付けた。真空鐘では,圧電スピーカーに変わる正弦波の音源が必要である。 真空鐘では100hPa以下だと,容器内の音は外部スピーカーで聞いていて,極端に小さくなる。したがって,この実験は真空鐘で行い,正弦波の音源を使用して,容器内の音を外部で聞くのが望ましい。この実験ではマイクを容器内に入れるため,ゴム栓を半分に切り,ゴム栓に溝を切って密着させたが,マイクをワイヤレスにしたり4),携帯電話を入れて内部の音を別の電話で受けたりしても良い。 6 まとめ 本研究では,教科書に記載されている真空鈴の実験方法では,「音を伝える媒質の空気が少なくなるために音が聞こえにくくなる」と結論づけることは困難であり,真空鐘を用いて真空度を高め,音源も正弦波に近いものにして,真空容器内の音を聞いて判断する必要がある。現状は,中学校に真空鐘と真空ロータリーポンプはあまり普及していない。とりあえず,真空鈴容器内の音源を正弦波のものに交換し,マイクを中に入れて中の音の変化を確認すべきである。 参考文献 1) 文部科学省(2008)「学習指導要領解説」,p.25。 2) 兵藤申一(1994)「身の回りの物理」,裳華房,pp.88-95。 3) 前川純一(1967)「建築音響」,共立出版,pp.10-11,p.107。 4) 山本明利(1997)「火星で音は聞こえるか」,YPCニュースNo.116 |
動画を見る 1 真空鈴とブザー(容器外の音) 2 真空鈴とブザー(容器内の音) 3 真空鐘とブザー(容器外の音) 4 真空鐘とブザー(容器内の音) 5 真空鈴と圧電ブザー(容器外の音) 6 真空鈴と圧電ブザー(容器内の音) 7 真空鐘と圧電ブザー(容器内の音) |
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図6 測定結果 |